小田貴月(貴倉良子)の経歴プロフ・顔画像あり!高倉健の妻ではなく養女の真相は?

俳優の高倉健さんに実は養女がいたとの事で注目をあびています。

その養女である小田貴月さんとは一体どのような方なのでしょうか?

そもそも養女という点で気になります・・・

当記事では、小田貴月(貴倉良子)の経歴は?顔画像あり!高倉健の養女の真相の記事をまとめました!

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【顔画像あり】小田貴月(貴倉良子)の経歴などプロフィール

小田貴月さんのプロフィールを紹介します。

名前 小田貴月(おだたか)
芸名 高倉良子
生年月日 1964年1月13日
年齢 55歳(2019年現在)
出身 東京都板橋区

小田貴月さんは、高倉健さんの養女となるまでは一体どのような経歴だったのでしょうか。

 

小田さんは、千代田女学園高校在学中にスカウトされます。

高校時代から演劇部に所属していたりと役者に興味があったのでしょう。

その後千代田女学園短期大学へと進学しますが、中退し本格的に芸能活動をスタートさせます。

タレント時代は「高倉涼子」という芸名で活動していたようです。

1980年代は、時代劇やドラマなどにも出演しています。

 

1980年代になると今度は本名「河野貴」でジャーナリストやディレクターとしても活動しています。

この時に高倉健さんと出会います。

小田貴月さんは過去に離婚歴が2回あったそうです。

 

高倉さんも江利チエミさんと離婚していますので、何か共通するものがあったのかもしれません。

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高倉健さんとの出会いから妻ではなく養女になるまでの真相とは

小田貴子さんは、当時ホテル雑誌のライターの仕事で香港に行き、取材先のレストランで偶然高倉健さんを見かけたと言います。

その際にその場にいたスタッフ全員に高倉健さんは名詞を渡しており、仕事で出来上がった雑誌をその名詞の住所にお礼と共に送られたそうです。

そこから高倉健さんとの文通が始まります。

その期間なんと約1年間!

その後交際が始まったとのことです。

 

出会いのキッカケから交際までの文通のやりとり・・・

なんだかまるで小説を読んでいる気分になりました・・・

 

そして気になるのが高倉健さんの「養女」というところですが、

なぜ妻ではなく養女なのでしょうか。

 

調べたところ、それは小田貴月さんのお母さんが倒れた時のこと。

お母さんのことを大変心配してくれた健さんでしたが、同時に当時80歳を過ぎていた自分を始めて意識したそうです。

その時自分が倒れた時には親族でないと病室で付き添いが出来ないとう事を知り、

何かあっても大丈夫なようにと手続きを考えます。

 

しかしマスコミには知られてもなるべく影響を出さないように、「養女」として養子縁組の手続きを取られたそうです。

ですので、高倉健さんと小田貴月さんの関係を知っている人物は、貴月さんの母親と事務所の1人だけだったそうです。

 

まさに貴月さんは黒子に徹していたんですね。

本を出版!書籍「高倉健、その愛」の内容は?

引用元:紀伊国屋書店WEB STOREより

小田貴子さんは2019年10月30日に、「小田貴月」という名前で本を出版しています。

内容はタイトル通り、高倉健さんとの出会いから亡くなるまでの日々を綴った内容になっています。

 

ただ、この本は世間では賛否両論あったようです。

 

小田さんはこの本を出版するにあたり、生前高倉健さんから宿題を出されたのだと言います。

自分の方が早く死ぬはずだから、その時に自分のことを書き残すようにと。

 

この経緯があり、本を出版することになったとのことでした。

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まとめ

小田貴子さんは、高倉健さんの最期をたった1人看取っています。

健さんと一緒になり、生活のほぼ全てを健さんに捧げてきたようです。

健さんのプライベートを守るために17年間共に暮らしながらも、一切旅行や外食はしたことがなかったそうです。

 

その中でたった一度だけ2人で外出したことがありました。

それは高倉健さんの悪性リンパ種が判明した2014年の病院の帰りでのこと。

健さんから初めて一緒に散歩に行こうと誘われて、最初で最後の外出。

駒沢公園を2人で歩いたそうです。

 

2人の絆はどれほど強かったのでしょうか・・・

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